我が心のDon Van Vliet

ファイル0011.jpg
私がドラムを叩いていた頃、

そしてその前に

エレクトリックギターを
弾いていた頃、

更には

こうして弾き語りを
続けている今でさえ、

心の中の何処かに
消えることなく
居続けている男

Don Van Vliet

またの名を

Captain Beefheart

彼が逝ってしまった。



彼の我が道をゆくスピリットは

私の中でさえも

これから先も永遠に

消えることはないだろう…




外側の

孤独と安らぎを

教えてくれた

我が心の

Don Van Vliet...




( 2010年12月17日 享年69歳 )

SUEMARR | 言の葉 | 10:46 | comments(0) | - |

ヤガヴァンのCoccoは、まるで御近所さん

地元の飲み仲間でもあり、
素晴らしきドラマー、椎野恭一。

その椎野さんが共演している
アーティストのひとりがCoccoです。

彼女はカフェ・ド・ヤガヴァンの
店主しんちゃんが作ったパンを
食べながらパワーをもらいながら
今回のニューアルバム「エメラルド」を
完成させたそうです。

そのアルバムを届けにCoccoが
ヤガヴァンに来た時の映像がアップされた
という連絡を椎野さんからもらい
早速見てみました。

椎野さんも、しんちゃんも素のまんま。そして

こりゃ、Coccoは近所に住んでるにちがいない。

そんな気分になりました。

カフェ・ド・ヤガヴァンは、私も
時々ライブをやらせてもらったり
時々ランチを食べに行ったり
時々パン(天然酵母の手作り)を買いに行ったり
その時々がとてもよろしい近所のカフェ&パン屋さんです。

というわけで、
近所のカフェ・ド・ヤガヴァン、椎野さん、Cocco。
とてもよい関係。
とてもよい絆。
私も嬉しくなりました。

そんな中で生まれた「エメラルド」を
聴いてみたくなりました。


私も杖ついとる場合じゃないですな。笑



Cocco
http://www.cocco.co.jp/
椎野恭一
http://www.kyoichi-shiino.com/
cafe de Yagavent
http://yagavent.ifdef.jp/

【Cocco /「エメラルド」発売記念コメント】


SUEMARR | 言の葉 | 07:57 | comments(0) | - |

私はそれでも唄いに出かける

 
7月11日に

日付が変わった頃。

彼女の呼吸は止まり、意識はなかった。

彼女の瞼を閉じたら、安らぎの表情に変わった。

まだ心臓は動いていた(のかもしれない)。

でもこれ以上、彼女を動かすことはしなかった。

明け方までは、まだ彼女の温もりはあった。

撫でながら、私は声を上げて泣いた。



翌日、段ボールで棺を作り、

小さな布団に彼女を寝かせた。

苦しみから解かれたような

穏やかな表情だった。

商店街へ出かけて、花束を買った。



夜になるとそれでも

私は唄いに出かけた。

それだけは止めてはならない。

勝手な思いがあった。

共演者の皆さんやお客さんたちのお陰で

楽しい夜を過ごさせてもらった。



彼女のために

Van Morrisonの「Crazy Love」を

日本語で唄った。

ある時はブズーキで。

ある時はバンジョーで。



3日後、斎場で火葬を行った。

段ボールの棺に横たわる彼女の周りには

いろんな種類の、いろんな色の

花が優しく囲んでいた。

親切で礼儀正しい、火葬員のお兄さんにも感謝。





猫の骨壺は小さいもんだ。





とても内気で繊細な茶トラ猫であった。

そんなキノコは私のココで

永遠に生き続けるだろう。

12年間ありがとう、キノコ。




*ライブにキノコのためのお花や、煮干しを持ってきてくれた皆様。
 そして、いろんな処から心配してくれていた皆様。
 心から感謝と御礼を申し上げます。
 私も体調は崩し気味ではありますが、落ち着きました。
 彼女もきっと喜んで、ゴロッと仰向けになってると思います。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

【追記】PAPERVIEW Vol.25(2010年7月号)より

 「キノコのこと」

  キノコは同居の茶トラの猫のことである。生後4ヶ月で出会って
 12年になる。彼女が先日、突然体調を崩し、入退院を繰り返して
 いるのである。猫は我慢強い。人がその体調の変化を明確に気づく
 頃には猫にとってはすでに限界が近づいているといことを痛感させ
 られた。猫の心人知らず。とはこのこと。猫と同居している皆さん
 には是非お願いしたいのである。自分が思っている以上に同居のペ
 ットのことを気にしてあげてほしい。猫は人と距離を置くので気楽
 に思えるかも知れないが、それと同時に気づかないことが多いのだ。
 今、キノコの表情をこれほどに見つめ続けている私は無力であり、
 出来ることは一緒に居てあげることだけである。そして祈るのみ。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -






SUEMARR | 言の葉 | 20:50 | comments(8) | - |

古いバンジョー

100615_2115~01.jpg
愛知県の山奥にある

鳳来湖の畔で

バンジョーで弾き語った。

その直前まで
湿気に襲われていた
バンジョーの皮。

バンジョーをかざしたのは
キャンプファイヤーの炎。

皮はほどよく乾き、
見事に生き返った。


私の古いバンジョーは
本当に山奥が似合う。




そんな話を、
先日のクークーバードで
話したのだが、

お客様で来てくれていた
しいな君が、話を元に
絵を描いてくれました。


ありがとう。





SUEMARR | 言の葉 | 08:17 | comments(5) | - |

ノラカフェの静かな夜


のんびりした夜だった。

お店の中なのに

上を向いたら 月が見えるような

そんな静かな夜だった。

ジャグフェスの翌日だけに 余計そう感じたのか。

ちょうどよい夜に ちょうどよい人と

ご一緒できたような…。



安宅浩司くんの歌とギター。

私の歌と古いバンジョー。

最期は気持よく絡みました。



またいつかやりましょう。



来てくれた皆様、ありがとうございました。



100411_2210~010001.jpg
(安宅浩司くんのギブソン、弾きやすい羨ましい)




安宅浩司

http://www.kojiataka.com/
http://blog.kojiataka.com/?eid=1342530





(4月11日 @白楽ノラカフェ)

SUEMARR | 言の葉 | 09:32 | comments(0) | - |

遠まわりの道





明日で46歳である。


弾き語りを始めてからは12年。
まだまだヒヨッコである。

弾き語りとしてのデビューライブは、1998年。
まだドラマーであった頃である。
トリオ・バンド、GOBLINS SHORT HAIRのメンバーが
ひとりずつ弾き語りライブをするという企画。
その30分程の弾き語りから実験の日々が始まった。

当時の私のライブを聴いたことがある方は
今の私との違いに愕然とするようだ。
しかし、愕然としてもらわなければ
私自身が愕然としてしまうところなのである。

実験の日々が始まった頃、あまりに広い範囲な選曲で
いろいろな歌を唄っていた。

「いろいろやっちゃって大変ですね。」

と皮肉られたことも多々あるが、大して堪えなかった。

「君は何もしなくても大丈夫なんだね。」

と軽く返しておいたが。

実験なのであるから、失敗の連続なのである。

ある意味、今も、これからもずっと実験の連続なのである。

しかし、実験の方法にも変化がなくてはいけない。

今は、自分の生き方を受け入れた上での、
(昔は自分の生き方が大嫌いであった)

人生と直結の実験なのである。

私のような数字や計算が嫌いな男が

「実験」という言葉を使うのも怪しい話だが、

まあおそらくその程度の、簡単で、

当たり前で、しかし見えにくい、実験なのである。



もちろん私は、変わる必要のない天才ではない。

遠まわりが必要な、そして遠まわりを楽しむ、人なのである。



そんな遠まわりのお陰で出会えた皆様に、
そんな遠まわりのお陰で再会できた皆様に、

「友は距離ではない」ことを実感させてくれて

ありがとうございます。





45歳最期の日記。


ってことであります。






「誕生会的な夜」@反町 NO BORDER
(左から山口敦子さん、茶乱坊のムツちゃん、茶乱坊のコーヘイ、
 長嶋ジュンさん、倉井夏樹くん)photo by イソ
 心からありがとうございます。






JUGEMテーマ:日記・一般
SUEMARR | 言の葉 | 14:48 | comments(4) | - |

40年以上経った今でも

國母くんたちのような

若者が叩かれているのを

見る度に、

すぐ思い出す映画は

「イージーライダー」。

理解を超える自由。

大人と名乗る者たちは、

相変わらず

それを恐れる。




SUEMARR | 言の葉 | 16:43 | comments(0) | - |

消えることのない歌




唄い唄われ

継がれていけば

歌は生まれ変わり

生き続ける



ひとつの夢が叶う気がする



茶乱坊のコテツ&ムツちゃん

山口敦子さん

ダブルマンダラの
福田満くん、大曽根芳徳くん、
松倉くん、原田くん、
そしてChihanaちゃん


いい夜でした





偉大ながらも
気取らることのない命が
続けて消えてしまったけど


地下室のテープ(The Basement Tapes)は

本物の歌たちのために

また回り始めるのだから



ボビー、マキさん、ケイトに

彼や彼女たちによる本物の歌たちに

will the circle be unbroken ♪

な気持と共に

この日記を捧げるのです










写真:上:Chihanaちゃん撮影のオレのYAMAHA DYNAMIC GUITAR

   中:福田くん撮影の「The Basement Tapes」と持参した
     ミニチュア(?)オープンリールと犬(似てる&可愛い)

   下:ひろこさん撮影の高円寺 The Basement Tapes の皆さん







SUEMARR | 言の葉 | 23:37 | comments(2) | - |

書簡


最近唄ったのは、

二子玉川のBARで

闇市の路上で

鎌倉のBARで

高円寺のライブハウスで



どれも笑顔が溢れて賑やかな夜でした。

そんな中でも歌の言葉にも耳を傾けてくれたり

日々の悩みを打ち明けてくれたり

外見では知ることのできない人の心



溺れたことのある者にしか
わかり得ない底知れぬ深さを
あらためて思い出しながら…



詩人が自らの言葉を
歌にしたように

他の詩人の言葉を
歌にしたように

弾き そして 語る(唄う)

弾き語りとして

これからも

ギターとバンジョーを抱えていくのです。



私は研究者や学者ではないけれど、
これだけはわかるのです。

楽器というのは、
その人の生き方次第で
大きく音色が変わる。

高値な楽器や技術だけでは
補えきれない何かが 存在している。


即ち、歌声や言葉と同じなのです。




だから心配することはありません。
思い巡らすことを止めない限り。

君だけの音色が そこには在るのだから。




親愛なる○○○○○○に。

スーマー
SUEMARR | 言の葉 | 15:22 | comments(0) | - |

詩人ジム・キャロルの回想


少年の頃に詩を綴り始めた詩人が
先日の9月11日に亡くなったそうだ。

享年59歳(60歳という記事もあったが)。


(Jim Carroll 1949〜2009)

ジム・キャロルを見たのは、
もう18年位前だろうか。
ニューヨークを旅行していた頃。

マンハッタンにあるBOTTOM LINEで
アレン・ギンズバーグの朗読会があるというチラシを見つけた。
迷うことなくチケットを買って
足を運んだのである。

肌寒い小雨がちらつく日だった。

店内は満席状態。
もちろん見知らぬ人たちと同席である。
でもそれがあまり苦でない自分が
そこには居た。

店内の雰囲気も少し落ち着いてきた頃に
ギンズバーグが登場する前に
詩の朗読を始めた若者がいた。

ヨレヨレのスーツを着こんだ彼は
ヨレヨレの少し長めのヘアスタイルに
ハンチング帽をかぶっていた。

ボロボロの分厚いノートに書き溜めた詩を
頁をめくりながら選んでは
ひたすら朗読していた。

その若者が、ジム・キャロルだった。


若者に見えたが、当時は40歳と少しだったとは。


友人の日記を読んで彼の死を知った。


朗読をしている時のジムはものすごく地味に見えたが、
実際は目つきの鋭い、所謂、二枚目な男だった。
ジム・キャロル・バンドというロックバンドで
アルバムも発表している。
彼のアルバムはそれから随分後になって1枚だけ買ったが
音源についてはあまり、印象に残っていない。




(ウィリアム・バロウズとジム・キャロル)

少年の頃から言葉を綴り始めた詩人。

そこに共感を覚えたことだけは記憶に残っている。
自分自身もそうであるから。

ビートの時代にドラッグやいろいろな体験を通り抜けて
生き続けた彼の人生はどんなものだったのだろう。




今の時代は生きているだけでも、いろいろ考えなくてはいけない。
今の時代は生きているだけでも、お金がかかる。

より直感で生きられた あの時代が羨ましくもあるが、
現実は私が生きているのは今の時代の日本である。
平和ボケなこの島国で生きているからには
「考え」を止めてしまってはいけないのである。




短い命が、その人の言葉や歌に輝きをもたらす。

それは幻で、思い込みに過ぎない。

歳を重ねながら綴る言葉の重みを
自身で体験できなかった人生は哀れである。



60歳。

いろいろな意味で節目な気もする。



晩年のジム・キャロルは

いったいどんな言葉を

綴ったのだろう。







合掌。









SUEMARR | 言の葉 | 18:46 | comments(0) | - |
1/3PAGES | >> |

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
OTHERS
「深夜食堂のうた」挿入歌2曲収録
「泥水は揺れる」特典CDは付きません
ドラマ第四部は「ミンストレル」から8曲を使用。
エンディングソング「ちょいと寂しい夜のうた」
表紙を飾った12号から寄稿中
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH